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明磧橋は南大分発展のシンボル

緑と白を基調としたデザインの画像。中央には『#南オオイタレキシ杯2025』という日本語のテキストが配置され、イベントや大会を示唆している。左上には丸い形のデザインがあり、右下には飛ぶ鳥のイラストが描かれている。背景には曲線と点線があり、動きと軽快さを感じさせる構成。 話題
#南大分レキシ旅2025

南大分レキシ旅/第1弾【明磧橋】

<豊後富士遠望>豊後富士遠望 大正 出典:大分名勝絵はがき。
川と岩が広がる風景の中に、橋を渡る馬、背景には山がそびえる美しい景色が描かれています。右側には茅葺き屋根の家があり、空は部分的に雲がかかり、朝焼けまたは夕焼けを思わせる色合いになっています。
<豊後富士遠望>
豊後富士遠望 大正 出典:大分名勝絵はがき

木造の橋を渡っていくのは、荷車もしくは客車をひく二匹の馬。その奥には山の美しい稜線を際立たせる夕景が広がっています。「大分市デジタルアーカイブ〜おおいたの記憶〜」で公開している《豊後富士遠景》は、大正時代発行の絵葉書です。
後景に円錐の形状から豊後富士とも呼ばれる由布岳、そして前景には1885(明治18)年に架けられた明磧橋が見えます。架橋以前は舟による渡しが日田や熊本方面へと向かうための交通手段でしたが、橋の完成で南大分とその周辺は一変。大分川には屋形船が遊び、七島藺問屋が軒を連ねた三ケ田町は地域最大の商店街として1955(昭和30)年頃まで大いに賑わいました。当時、あたりの農家からは、夜遅くまで畳表を機打ちする音が響き続けていたそうです。

Point

現在の鉄橋も古く、稙田方面に向かう南側の橋は、1929(昭和4)年に
架けられた今も現役のトラス橋です。( 地域おこし協力隊:島貫 泰介)

明磧橋が夕暮れの美しい風景の中に描かれています。明磧橋は鉄骨トラス構造の橋で、川をまたいで伸びています。両岸には緑豊かな木々が広がり、自然の美しさが際立っています。背景には山々がシルエットとなり、オレンジやピンクに染まる空と調和しています。橋へ続く道には歩いている人の姿も見え、スケール感と人の存在が加わっています。この光景は静かで、建築美と自然が融合した魅力的なものとなっています。
大分川に架かる明磧橋と由布岳2023
(文化財課撮影写真)

Access

所在地:大分県大分市奥田
移動時間:南大分駅から徒歩で約16分

参考文献

『大分の発祥地 南大分および周辺の歴史散歩』(古国府歴史文化研究会)

お問い合わせ

大分市役所文化財課/(097)537-5639

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