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駅前の歩道の下を流れる江戸時代の水路

緑と白を基調としたデザインの画像。中央には『#南オオイタレキシ旅2026』という日本語のテキストが配置されている、右下には飛ぶ鳥のイラストが描かれている。背景には曲線と点線があり、動きと軽快さを感じさせる構成。 話題
#南大分レキシ旅2026

南大分レキシ旅/第11弾 初瀬井路(はつせいろ)

戦国時代に大友氏が造った荏隈郷井手(国井手)を起源とする水路

南大分駅前の歩道の下には、戦国時代に大友氏が造った荏隈郷井手(読み:えのくまごういで)(国井手)を起源とする水路があります。江戸時代に府内藩のお殿様がその水路を延ばし、初瀬井路と呼ばれるようになりました。

草木に囲まれた斜面に設けられた水路トンネルの写真。コンクリートで整形された開口部から水が流れ出し、周囲には護岸用のブロックや茂った植生が見える。自然環境の中に水路構造物が組み込まれた様子が捉えられている。
貫(ぬき)と呼ばれた⽔路のトンネル

総延長は約36.4キロメートル

賀来川や大分川の水を高台の田畑に送り届けるために造られた初瀬井路は今も現役で、総延長は約36.4キロメートル。田畑を潤す面積は390ヘクタールにも及んでいます。

橋の欄干に取り付けられた「初瀬井路」と刻まれた金属製の橋名板を写した写真。コンクリート柱に黒地の銘板が固定され、横には金属製の手すりが続いている。周囲には黄色い花が咲く草地や道路、住宅が見える屋外の風景。
橋の欄⼲にある初瀬井路の橋名板

延べ9万3千人余りを動員して完成

江戸時代の書物『豊府聞書』から、水路の工事は約16キロメートルの長さをわずか1か月半で、延べ9万3千人余りを動員して完成したことが分かっています。

その効果として、

その効果として、『大石家文書』にはコメの生産量が数年で44.5パーセントも増えた村の石高が記されています。

Point

宮苑地区には戦国時代の荏隈郷井手(国井手)の取水口とみられる賀来川の水を堰(せ)き止めた場所があります。また、県道(小挟間大分線)沿いには初瀬井路の素掘りのトンネルがいくつも残されています。

賀来川の水を堰き止める宮苑取入口を写した写真。浅い川にコンクリート製の堰が設けられ、水が段差を流れ落ちている。周囲には草地や低木が広がり、奥には農地や住宅、遠景に山並みが見える穏やかな田園風景。
賀来川の⽔を堰き⽌める宮苑取⼊⼝

Access

所在地

大分市大字荏隈、永興、賀来、宮苑

所要時間

JR南大分駅より徒歩1分

お問い合わせ

大分市役所文化財課/(097)537-5639

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